2024年、夏。今更イコラブにハマる。わたしが人生で指原系列のアイドルを好きになることは絶対ないと思っていました。絶対好きにならないだろうと思っていたものを好きになってしまうの何回目だ。そろそろ本気で学習しよう。指原莉乃さんのことが嫌いなのではなく(むしろ大好き)普通に流行ってるアイドルのオタクしたくないからな、という。逆張りオタクくんだからね。本当に、何。KPOPに留まらず日本のアイドルでもガールクラッシュが主流になりつつある昨今のアイドルシーンで、それでもお姫様♡お砂糖♡きゅるるん♡フリルにレースにリボン♡みたいなMVのイコラブ、ひいてはノイミーやニアジョイ、ほんまに大好き。わたしは主体性のある女の子が大好きで、そういう意味ではガールクラッシュにはとても共感できる部分がある。けれどもわたしの持つガールクラッシュのイメージはただひとりで、時には孤独に、けれども孤高に生きていく、強くならなければいけなかった女の子を肯定し鼓舞していくというイメージ。特に男性には媚びないような力強いイメージ。このコンセプトがこの世に存在していることで誰かの心を強くする存在になるだろうと考えるので、絶対必要だと思う。けれどもわたしが好きな主体性のある女の子像は、ガールクラッシュとは逆に特定の誰か一人(己や己以外を含むただ一人)のために自分を鼓舞していく女の子。特定の誰か一人に媚びる女の子。誰でもいいからモテたい女の子じゃなくて、特定のとくべつなたった一人からモテたい女の子みたいな。ただ一人(それは時には自分かもしれないし、恋心を寄せている他人かもしれないし、はたまたそれ以外のなにかかもしれない)の誰かのために一喜一憂している女の子、みたいな。強気に攻撃的に挑発的に生きることよりも、好きな人からのLINEの返信や明日のデートのことで心がソワソワしちゃうような感じ、みたいな。好きな人がショートカットが好きって言ったら次の日にはショートカットになっている女の子を、応援したい。
イコラブの曲は恋愛ソングが多い。片思いや叶わない恋を上手に綴ることで定評のある指原Pの作詞曲をみんなは歌っている。わたしも≠MEの「いつか素敵な映画に出会う日 いつか美味しいご飯食べる時 僕を思い出してほしいなんてズルいよね」って歌詞を初めて聞いた時は指原さん、わたしの心見えてますか。バレちゃってますか。って思ったし、指原さんの書く恋愛ソングは偉大だと実感する。わたしは人生の醍醐味を恋にしなくてもいいと思っちゃっている人だから(むしろ友情が好きで、友情が醍醐味)共感できるかできないかで言うとできないの方が近い。ただイコラブのガールクラッシュとは別方向の主体性みたいなものは、この音楽性に秘められていると思うんだ。もちろん衣装やMVのコンセプトやメンバーのビジュアルを整える努力とかもあると思うけれども。イコラブが活動を開始してからもうすぐで7年、この7年間に楽曲のコンセプトが大きく逸れることなく続いてきたのがその答えだと思ってしまいました。指原莉乃さん、ありがとう。
最近は齋藤樹愛羅さんが黒い天使を歌っている動画を見て感動しちゃいました。数年前のツアーの、まだ16歳か17歳の、高校2年生の代と呼ばれる年齢で黒い天使を歌った。それってすごく挑戦的じゃないですか。ていうかむしろこっちのがガルクラだよなとまで思う。歌詞のイメージとは真逆の強い意志を感じる佇まいの齋藤樹愛羅さんを前に、わたしは未来は全部きゃーたんの手の中にあってほしいと思うのでした。